< 原 子 力 神 話 T >


〜 無限のエネルギー源という神話 〜

あの原爆で解放された巨大な核エネルギー
ウラン235は1ミリグラム燃えることによって恐怖の臨界事故を招いたような
あのウランの核分裂というのを利用すれば
そこからほとんど無限のエネルギーが作られるのではないかという
ほとんど神話に近い、あるいは憧れに近いようなものが
半ば原爆の恐怖というものと裏側で結びつきながら
発展していったのだと思います。

核分裂だけではなくて核融合というようなことも含めて
私たちは無限のエネルギーを取り出せるのではないかと考えた時代がありました。
核というものを擁すれば
ほとんど無限のエネルギーを私たちは手にするだろうということと
それは人類が資源を征服する発展の方向だという
ある時期における科学技術の進歩に対するバラ色の期待と結びついて
そういう表現になったわけです。
そういうものが、いわば仮想のものだったということに
私たちは最近気づくようになりました。

無限のエネルギーが取り出せるだろうという期待は
かなり困難だとする現実の前に、だんだんしぼんでいきます。
むしろ、それが現実化しない1940年代頃には
そういう期待がかなりあったのかもしれません。
現実のエネルギー源にしようとすると商業行為として行なわれるわけですが
それが行ないうるかというと、当初からいろいろな疑問が出てきたのです。
一つには
それにともなう放射能防御とか、事故が起ったときの保障とか
損害補償とかいう問題もあって、原子力の制御には莫大なお金がかかります。
しかも繰り返し言っているように
大量の放射能を放出する恐れのあるエネルギーが公共的な電源として
一般的な電力生産の手段となりうるのかという問題が
当初から人々に頭の中にあったはずです。
二つには
原子力を直接、電力に変える手段がないし
あるいはこれを、電力以外のエネルギー源としてうまく使えそうなものが
見つからないという事情があります。
どうも石油や石炭をエネルギー源として使うのに比べたら
原子力ははるかに困難が多そうだと多くの人が思ったことでしょう。
それがまた核兵器の悲惨さに結びついて、軍事利用と切り離せないという側面も含めて
多くの人が原子力の限界を直感的に感じたことと思います。

そもそも原子力の商業利用は大きな政治的な目的をもって
上から導入されていったわけです。

一方において軍事利用の面を監視しながら、一方において平和利用を促進するという
後のNPT条約、すなわち核非拡散条約につながっていった体制の
原点的なものが1950年代半ばくらいからできてくるわけです。
けれどもその段階では
電力会社というのはあまり原子力に積極的に手を出してはいません。
ほとんどが尻込みしていたというのが実情だったと思います。
要するに
産業的な必然性をもって原子力開発が生まれてきたわけではないのです。

日本では産業界もそうですが、とくに学術会議を中心とする学者たちの間で
軍事利用と明確な境界線が引けそうもない
あるいは軍事利用の方向へ流れていく可能性が強い原子力開発については
非常に抵抗が大きかったわけです。

「札束で学者のほっぺたを引っぱたく」
といった言葉がその当時使われましたが
そういうかたちで、政治的に原子力を推し進めたのです。

「学術会議においては
原子力の研究開始にむしろ否定的な形勢が強かったようであった。
私は、その状況をよく調べて、もはやこの段階に至ったならば
政治の力によって突破する以外に
日本の原子力問題を解決する方法はないと直感した。
・・・国家の方向を決めるのは、政治家の責任である。・・・」(中曽根康弘)
このように、政治的に唐突に、原子爆弾から10年も経たない1954年
折しもビキニ(水爆実験)の年に、あの放射能の惨事に多くの日本人が目覚めた
広島以上に目覚めることになった、そのビキニの年に原子力導入が強行されたのです。

軍事目的だけでは開発が進められなくて、技術的な裾野を広げるためには
商業利用も含めて広い核技術のフロントを開発するという
ある種の技術戦力、核技術立国的戦略というのがあったと考えられます。
そういう思惑を支えるものとして
原子力は無源のエネルギーを生み出すんだという神話が必要になったのです。

原子力開発が始まっていく一連の過程を見ると
極端に金融資本主導型であったことがわかります。
産業の発展にともなって技術が自然に発展していくというかたちではなくて
政治的にある目標を与えられて、「これをやれ」というふうに強いられていきますから
金融資本が中心になってお金をつくり、かなり強引に開発対象をつくっていきます。
あちこちから技術を借り物にしてという開発だったため
そこに最初から技術的な弱さがあったという気がします。
その後、破綻をきたしたような、たとえば原子力船「むつ」の開発とか
高速増殖炉「もんじゅ」の経緯であるとか、さらに最近のJOC事故にしても
根底に政治的思惑で始まったために技術的基盤が弱かったという
原子力開発の基本的な弱みが出ているような気がします。

日常的な原子力の危険性、放射能の危険性という
私の言葉で言えば「核の不安定化」というような
技術の基本的困難さがだんだんわかってくるにつれて
原子力の多様な可能性は、ほとんど期待できなくなっていきます。

発電をやるためには、ウラン燃料を海外から採掘してくることとか
燃料を濃縮して発電をやり、さらに廃棄物の処理まで考えることを要求されます。
核燃料の長い旅も含めて、いろんな手立てが必要で
そう簡単にメリットがあると言えるような発電形態ではないわけです。

さらにみんながたいへんにショックを受けたのは
天然ウランの埋蔵量がかなり限られているという事実でした。

無限のエネルギーという神話がかなり早い時期に崩壊していきます。
そこにさらに生まれてくるのが高速増殖炉という神話です。
「プルトニウム神話」

しかし、高速増殖炉の神話は
口に出すのも恥ずかしいくらい、完膚なきまでに崩壊したという感があります。
「打ち出の小槌」のような原子炉・高速増殖炉という物語は
十数年くらい前までの原子力産業とか政府の書いたもののなかには
まだ残っていたと思うのですが、最近ではさすがに見かけなくなりました。
高速増殖炉に関して言えば、世界各国でも完全に計画が瓦解しました。
この高速増殖炉がエネルギーを生み出すというか
人工的に資源を作り出すというような神話も
今や完全に崩壊したと言えます。

世界のトップを走っていて「もんじゅ」よりは十年ないし二十年は
先に進んでいたと言われたフランスの大型高速増殖炉「スーパー・フェニックス」の
計画が98年には完全に崩壊して、政府によって中止になりました。

「エネルギーを増殖する」という神話も、ロシアと日本にだけ
いまだに化石的に残っていると言えるかもしれませんが
世界的には、この神話はほとんど崩壊したと言えるでしょう。

「無限のエネルギー源」という神話は
自然の法則に従えば、そもそもそんなことはありえないのです。
無から有を作り出すことは不可能なわけで
私たちがいろいろとやっているエネルギーの技術は
たいていはエネルギーを一つの形態から他の形態に転換しているだけなんですね。

核融合は水素を燃料として
水素の同位体である重水素を用いて核の融合をすることで
核分裂以上の大きなエネルギーを取り出すことができるという考え方をします。
そうすると、重水素などというものは、たとえば海水なんかにも無限に存在するから
じつはこれこそ究極の無限のエネルギー源なんだという神話です。
核融合は、核分裂が非常に限定的なものだということに対する
さらに進んだ核技術として、この無限神話を補強していたと思います。

科学的なエネルギーやさまざまな電気的エネルギーの使用形態がだんだん進んで
核物理の達成点から技術的適応としての核の平和利用に進んでいく
歴史の流れの延長上に、日本人が進歩とか発展とかいうものを
見ようとしたことの表れでもあります。
一種バラ色の科学技術未来論と政治の思惑が結びつくことによって
非常に大きな神話になったのだと思います。
逆に言うと、この神話の崩壊をきちんと確認するということは
今まで私たちが描いてきた科学技術の進歩であるとか
バラ色の未来論に対する反省にもつながるものです。
ある場面において厳密な検証をしてみれば
バラ色の科学技術未来論は人々を誤りに導くものであるということも
ここから歴史的教訓として学び取ることができるのではないでしょうか。


〜 石油危機を克服するという神話 〜

1973年の、これは多分に政治的につくられた危機ですけれども
石油危機ないしはオイルパニックと言われるものが重なりました。
それをうまく政治的に原子力推進側がとらえて
70年代になると、原子力を電力の主流のように
もちあげてくるという動きがあったわけです。

原子力をやっていれば電力の安定供給が得られて
石油危機を克服できると宣伝されたオイルショック後の予測から見たら
この四半世紀で、原子力発電の設備容量は六分の一くらいしか伸びなかったのです。

現在でも主流は50%以上を占める石油ですし、さらに17%が石炭です。
石炭と石油を合わせると70%を占めていて
化石燃料が枯渇するとか、地球温暖化のために化石燃料はよくないと言われながら
結局、現代の社会が石油や石炭に依存せざるをえない状況を表しています。
ここに天然ガスを含めれば、80%以上が化石燃料になります。
原子力は一次エネルギーの13%を占めているにすぎません。

原発はいったん動かしたら同じ出力で定常運転せざるをえないからです。
たとえば100万キロワットという標準級の原子力発電所を動かす時は
100万キロワットで動かすのがいちばん安全で、昼であれ夜であれ
100万キロワットの原子力発電所はずっとそのペースで動かしています。
ふつうのペースですと10ヶ月なり11ヶ月
最近では1年くらい連続運転することもありますが
そうやって連続運転したあとで
定期検査などのために2ヶ月ほどの一定期間は止めるといった動かし方をします。
その1年くらいの連続運転中に
たとえば昼間は電力需要が多いから100万キロワットで運転して
夜には電力需要が少ないから30万キロワットでで運転するということができません。
そういう出力調整というのは、原子力の場合には危険がともなうのでやらないし
できないというのが現実です。

そこで揚水発電所というのが建てられていて
原子力発電で余った電力を
夜になると揚水発電所にまわしています。

電力の30数%ではあるけれども
原子力依存型へと進んでしまったというのは
むしろ政策の結果であって、原子力の優秀さのゆえではありません。
これが神話であるということの、角度を変えた見方です。

三菱、東芝、日立というところが
毎年会社の原子力部門の規模を維持できるようなかたちで
シェアを分け合ってきたわけです。
そういうように仕事をつくってきたのが日本の原子力政策であり
かつエネルギー政策であったのではないでしょうか。
これが、神話をひっぺがしてみたときに見えてくる事実です。


〜 平和利用という神話 〜

軍事利用と厳然と区別して、平和利用であることが
ある種神話化して宣伝されなければならない理由というのがあったわけです。

原子力の平和利用が確実に行えるかというと、そうではないんですね。
私に言わせればむしろ、いよいよもって平和利用神話などというものに
依存してはいられない危機的状況が
ずっと存在しているというふうに当初から思っていました。

インドは74年5月18日
研究用の原子力施設としておもにカナダから導入した
サイラス炉というのを使ってプルトニウムを作り
再処理をしてプルトニウムを取り出して
そのプルトニウムを使って核実験に成功したのです。
このときにインド政府は「ブッダは微笑む」という暗号で
実験の成功を現地から政府に伝えさせたというので有名になりました。
余談になりますが、こういうときになりますと
なぜか仏とか神が持ち出されてきます。
日本でもプルトニウムを扱う高速増殖炉の名前は「もんじゅ」ですし
プルトニウムを製造する新型転換炉には「ふげん」という
いずれも菩薩の名前をつけています。
フランスの世界最高の高速増殖炉であり
世界最大の失敗であったとも言われる
挫折した「スーパー・フェニックス」は
エジプト神話における不死鳥のことで
なぜかみんな神話とか神仏頼みになるところがあります。
そのこと自身がある種、ものごとを神話化あるいは神聖化そようとする意図と
結びついているような気がして、興味深いですね。

インドはNPTの加盟国ではないので
NPTの枠に違反したという言い方はそもそも成り立ちませんが
この件は、NPT体制がいかに不十分なものであるかを示しました。
それと同時に、アメリカの言う核のコントロール
核を平和利用に限定できるとする考え方が
じつは単なる神話にすぎないことも明らかにしました。
技術的に考えれば、原子力の技術と核兵器の技術とは
文字どおりメダルの表と裏のような関係にあって
政治的意志しだいでどちらにも転じることをアメリカは思い知らされたのです。

さらにショックだったのは、インドの核実験に続くように
それに対してパキスタンも核実験を行ったことです。
それも、多くの人が予想していたよりはるかに大きな規模で
核実験が強行されました。

米・英・中・仏・ソの五ヶ国は別格としても
明確な軍事開発というようなことを表に掲げないで
いわゆる原子力の研究であるとか、商業利用ということを一応めざしながら
比較的小規模で行なわれている原子力開発の中で
1960年代にイスラエル、70年代にインド、80年代に南ア、90年代にパキスタンと
着実に核兵器保有国は増えています。

原子力の平和利用神話というのは
今ではほとんど、実態的にも崩壊しています。

日本はプルトニウム計画という巨大な計画を持っているわけですが
日本のプルトニウムは原爆にならないという
いわば日本で生まれた神話があります。

これは世界的に見れば恥ずかしい話で
そんなことを信じるのはまったく非科学的と言いますか
事実に反することで、世界には通用しない話です。
私はいろいろな国際会議に出ましたが、どういう場においても
日本ではなぜそんなことが通用しているかと質問されました。

日本が現在、原子炉級のプルトニウムを非常に大量に保有しつつあるという状況は
諸外国からは、もう軍事利用とほとんど区別ができないような
きわどい橋を渡っているように見られています。

アジアでは他にもフィリピンとかマレーシアなどの政府の人たちと話したことがありますが
そういうときにも、日本のプルトニウムに対してたいへん大きな懸念を示しています。
それが、やはり冷静な技術の見方だと思います。
原子力計画を進めているという事実自体が
日本政府の政治的意志とか、日本国民の絶対核兵器を作らない
持たない、持ち込ませないという平和非核三原則の込めた意志いかんにかかわらず
国際的には軍事の核兵器開発を意味するのです。
それは、歴史的にははっきりしてきたことです。
平和利用神話というのも、今や完全に崩壊したものと思います。


〜 安全神話 〜

ラスムッセン教授たちによって、原子炉の巨大事故が起こる確率は
「ヤンキースタジアムに隕石が落ちる確率よりも低い」と表現されました。
隕石が頭の上に落ちてきて死ぬなどと誰も心配しないのと同じように
原子炉の巨大事故の可能性など心配しないでもいいという言い方として一般化され
安全の保障となっていったのです。

現在世界には400基以上の原子炉がありますから
一つ当たりが千年に一回の大事故を起こす可能性があるとすると
2,5年に一回は世界のどこかで大事故が起こるということになってしまうわけで
1000年に一回という確率は大変な数字になります。

「一般にあらゆる技術は危険性を含んでおり
人類はこれまでもその英知によりこれを克服してきました。
原子力にも潜在的には危険性がありますが
現在までに培った知識や技術と安全優先の思想により
これを充分制御することができます。
現に、我が国の原子力施設については、その安全は十分に確保されており
これまで周辺公衆に影響を及ぼすような放射性物質の放出を伴う事故は皆無です。
その運転実績については、国際的にも高い評価を受けていますが
これに安住することなく・・・」(原子力委員会)

<多重防護システム=五重の壁>
まず、第一の壁と言われる燃料ペレットだとか
第二の壁の被覆管などというのは
ちょっとしたことがあれば、かなり頻繁に壊れることがあって
大きな事故を考えたら、これらはほとんど何の役にも立ちません。
いちばん肝心なのは第三の壁、原子炉容器(圧力容器)の健全性ですが
この原子炉容器が爆発し、これが吹っ飛ぶようなことがあれば
その外側にある第四の壁、格納容器もまずはもたないでしょう。
第五の壁、原子炉の建屋に至っては
放射能という観点からみれば、かなりスカスカにできていて
役に立たないというのが実状だと思います。

集約されるところは圧力容器の健全性になってくるわけですが
これは耐用年数がかさむにつれての劣化の問題であるとか
事故の様態としてメルトダウンというような様態があったときに
圧力容器がもつのかという
これも必ずしも絶対ではないという問題があります。

ここまでは機械的な部分に目を向けて話をしてきましたが
じつは事故というのは、人間の操作が絡むところで起っています。

本当に安全な原子力がありうるとして、それをやろうとするならば
この原子炉の外側に膨大に拡がる核燃料サイクル全体にわたって
今の原子炉と同じくらいのお金と努力を傾けて
安全規制の人間をへばりつかせて、チェックしていく必要があります。
比喩的に言うならば
核燃料サイクル全体を、すっぽりと一つの格納容器で覆わなければいけません。
内部の人間をチェックする安全規制の体制づくりということで言えば
現状より人員を百倍に増やすような体制にしなければ
とても原子力の安全を確保することはできません。
「”安全”から”安心”へ」などと、とても言えないのではないかというのが
私の現状における一つの結論であります。

原子力事故は必ず起こる、起こりうるんだということを前提にして
それでもその影響を緩和し、住民に対する影響も緩和し、被害を最小限にする
あるいは被害が生じたときに迅速な態勢がとれるような一連の体制をとる
ということです。
社会全体としても
原子力を選択することは事故の可能性まで含むということを
十分わきまえる必要があると思います。
事故対策のコストを払っても
なおかつ原子力を選択するかどうかということです。
もちろん、そういう議論をきちんとしたうえでですが
現実的な選択をしていく、そういう原子力についての新たな覚悟が
今ないといけないのではないでしょうか。
それが安全神話が崩壊したということの意味だということを
私は強調しておきたいと思います。
(高木仁三郎)



 原子力神話 U 





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