< 原 子 と 人 間 >


人間はまだ この世に生れていなかった
アミーバもまだ 見えなかった
原子は しかし すでに そこに あった
スイソ原子も あったし
ウラン原子も あった
原子は いつ できたのか
どこで どうして できたのか
だれも 知らない
とにかく そこには 原子が あった

原子は たえず 動きまわっていた
ながい ながい 時間が 経過していった
スイソ原子と サンソ原子が ぶつかって 水が できた
岩が できた
土が できた
原子が たくさん 集まって ふくざつな 分子が できた
いつのまにか アミーバが 動きだした
しまいには 人間さえも 生まれてきた
原子は その間も たえず 活動していた
水のなかでも 土のなかでも
アミーバのなかでも
そして 人間の からだのなかでも
人間はしかし まだ 原子を知らなかった
人間の目には 見えなかったからである

また ながい時間が 経過した
人間は ゆっくり ゆっくりと 未開時代から 脱却しつつあった
はっきりとした「思想」を持つ人々が あらわれてきた
ある 少数の天才のあたまのなかに「原子」のすがたが うかんだ
人々が 原子について 想像を たくましくした時代が あった
原子のすがたが 見うしなわれようとする時代が あった
人々が 錬金術に うき身を やつす時代もあった

そうこうするうちに また 二千年に近い歳月が ながれた
「科学者」と よばれる人たちが つぎつぎと登場してきた
原子の姿が きゅうに はっきりしてきた
それが どんなに ちいさなものであるか
それが どんなに はやく 動きまわっているか
どれだけ ちがった顔の原子が あるか
科学者の答えは だんだん細くなってきた
かれらは しだいに 自信をましていった
かれらは 断言した
「錬金術は 痴人のゆめだ
原子は永遠に その姿を かえないものだ
そして それは 分割できないものだ」

やがて 十九世紀も おわろうとしていた
このとき科学者は あやまりに 気づいた
ウラン原子が じょじょに こわれつつ あることを 知ったのだ
人間のいなかった昔から すこしずつ こわれつづけていたのだ
壊れたウランから ラジウムができたのだ
崩壊の さいごの残骸が ナマリとなって堆積しているのだ
原子はさらに 分割できる事を知ったのだ
電子と 原子核に 再分割できるのだ

やがて 二十世紀が おとずれた
科学者はなんども 驚かねばならなかった
なんども 反省せねば ならなかった
原子の ほんとうの姿は
人間の心に描かれていたのとは すっかり 違っていた
科学者の努力は しかしむだではなかった
「原子とは何か」という問に
こんどこそまちがいのない答えができるようになった
「原子核は さらに 分割できるか
それが 人間の力で できるか」
これが 残された問題であった
この最後の問いに対する答えは 何であったか
「然り」と 科学者が 答えるときが きた
実験室の かたすみで 原子核が 破壊されただけではなかった

ついに 原子バクダンがさくれつしたのだ
ついに 原子と人間とが 直面することになったのだ
巨大な原子力が 人間の手にはいったのだ
原子炉のなかでは あたらしい原子が たえずつくりだされていた
川の水で しじゅう冷していなければならないほど
多量の熱が 発生していた
人間が 近寄れば
すぐ死んでしまうほど多量の放射線が 発生していた
石炭の代りに ウランを燃料とする発電所
もう すぐに それが できるであろう

錬金術は 夢ではなかった
人工ラジウムは 天然ラジウムを 遥かに追越してしまった
原子時代が 到来した
人々は 輝かしい未来を望んだ
人間は 遂に 原子を征服したのか
いやいやまだ 安心はできない
人間が「火」を見つけ出したのは 遠い遠い昔である
人間は「火」をあらゆる方向に 駆使してきた
しかし「火」の危険性は 今日でもまだ残っている
火の用心は 大切だ
放火犯人が 一人もいないとはいえない
原子の力は もっと大きい
原子はもっと 危険なものだ
原子を征服できたと 安心してはならない
人間同士の 和解が大切だ
人間自身の 向上が必要だ
世界は 原子と人間からなる
人間は原子を知った
そこから大きな希望が湧いてきた
そこにはしかし 大きな危険もひかえていた

私どもは希望を持とう
そして皆で力を合わせて
危険を避けながら
どこまでも進んでゆこう

<1948年(昭和23年)甲文社「原子と人間」湯川秀樹より>






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