< 発 心 和 歌 集 >

村上天皇の第十皇女・選子内親王(964〜1052)が49歳の時
和歌による仏の結縁を願って編み上げた釈教歌集。


<衆生無辺誓願度>
たれとなくひとつにのりのいかたにて かなたの岸に着くよしもがな


<煩悩無辺誓願断>
かぞふへき方もなけれと身に近き まつはいつつのさはりなりける


<法門無尽誓願知>
いかにしてつくしてしらむさとること 入ること難き門ときけとも


<無上菩薩誓願証>
ここのしな咲きひらくなる蓮葉の うへの上なる身ともならはや


<色即是空空即是色 受想行識亦復如是>
世々をへてときくるのりはおほかれと これそまことの心なりける


<普賢行願威神力 普現一切如未前>
<一身現刹塵身 一々遍礼刹塵仏>
きみたにもちりのなかにもあらはれは たつとゐるとそゐやまはるけき


<名以一切昔声海 普出無量妙言詞>
<尽於未来一切劫 讃仏深心功徳海>
おもふにもいふにもあまるふかさにて こともこころも越よはれぬかな


<我以広大勝解心 深信一切三世仏>
<悉以普賢願力 普通供養諸如来>
さしなからみよのほとけにたてまつる はるさくはなもあきのもみちも


<我昔所造諸悪業 皆由無始貪恚痴>
<従身語意之所生 一切我今皆懺悔>
年ころそつきささりけるわかみより ひとのためまてなけきつつくる


<十方一切諸如来 二乗有学及学学>
<一切如来与菩薩 所有功徳皆随喜>
今こそあらはれにけれちかくてとほく きえてもこのかたはなこりな


<十方所有世間灯 最初成就菩提者>
<我今一切皆勧請 転於無上妙法輪>
のよまてもほろめてしかなかへるとて のりのちきりをむすひ越きすへ


<諸仏若欲示涅槃 我志至誠而勧請>
<唯願久住刹塵劫 利益一切諸衆生>
みな人のひかり越あふくそらの月 のとかにてらせくもかくれせて


<我随一切如来覚 修習普賢円満行>
<供養過去諸如来 及与現在十方仏>
いかにしてのりをたもたむよにふれは ねふりもさめぬゆめのかなしさ


<我常随順諸衆生 尽於未来一切劫>
<恒修普賢広大門 円満無上大菩提>
うれしきもつらきもことにわかれぬは 人にしたかふこころなりけり


<我此普賢殊勝行 無辺勝福皆廻向>
<普賢沈溺諸衆生 即往無量光仏刹>
かくはかりそこゐもしらぬわかやみに しつまむ人をうかへてしかな


<消滅先罪業当得 大菩薩果転女身>
<成無上道>
とりわきてとかれしのりにあひぬれは みもかへつへくきくそうれしき


<阿弥陀仏自現其身 見極楽界種々荘厳>
ここなからかしこのかさりあらはるるとき そこころことくなりける


<池中蓮華大如来車輪 青色青光黄色黄光>
<赤色赤光白色白光 微妙香潔>
いろいろのはちすかかやくいけみつに かなふこころやすみにみゆらん


<於諸仏土随願往生 及至菩提不堕悪趣>
いつるひのあしたことには人しれず にしにこころはいるとしらなん


<世諦幻化起 譬如虚空花>
おほそらにさきたるはなのふくかせに ちる越わか身によそへてそみる


<有本自無田縁成 諸盛者必衰実者必虚>
はかなくもたのみけるかなはしめより あるにもあらぬよにこそありけれ


<一聞我名悪病除 愈及至速証>
<無上菩提>
ひとたひもきくにはみなそたもたるる おもひわつらふわかななれとん


<若人毎日為一切衆生 転読此経終无>
<夭死短命之怖>
よそ人のためにたもてるにりゆえに かすならぬ身にほとはへぬらん


<戒定恵解知見生 三昧六通道品発>
<慈悲十力無畏起 衆生善業因縁出>
かくはかり人のこころにまかせける ほとけのたね越もとめけるかな


<又見仏子未嘗睡眠 経行林中勤求仏道>
ぬる夜なくのり越もとめし人もあるを ゆものなかにてすくすみそうき


<若人散乱心及至 以一花供養於画像>
<漸見無数仏>
ひとたひのはなのかをり越しるへにて むすのほとけにあひみさらめや

<羊車鹿車大牛之車 今在門外汝等出来>
あまたありとかとをききていてしかと ひとつののりのくるまなりけり


<示共金銀真珠頗梨 諸物出入皆便使令知>
<猶処門外止宿草庵>
草のいほにとしへしほとのこころには つゆかからむとおもひかけきや


<譬如大雲以一味雨 潤於人花名得成実>
ひとついろにわかみうつれとはなのいろも にしにさる江やにほひますらん


<若知我深心見為授記者如以甘露灑>
のりおもふこころしふかくなりぬれは つゆのそらにもすすしかりけり


<長夜増悪趣減損諸天衆従冥入於冥>
<永不聞仏名>
くらきよりくらきになかくいりぬとん たつねてたれにとはんとすらん


<以無価宝殊繋着衣裏 与而捨去時臥不覚知>
ゑひのうちにかけし衣のたまたまも むかしのともにあひてこそしれ


<世尊慧灯明 我聞授記音>
<心歓喜充満 如甘露見灌>
あきらけきのりのともし火なかりせは こころのやみのいかてはれまし


<寂寞無人声 読誦此経典>
<我爾時為現 清浄光明身>
そらすみてこころのとけきさよ中に ありあけの月ひかり越そます


<釈迦牟尼仏以右指 開七宝塔戸出>
<大音声>
たまのと越ひらきしときにあはすして あけぬよにしもまとふへしやは


<皆遥見彼龍女成仏 普為時会人天>
<説法心大歓喜>
さはりにもさはらぬためしありければ へたつるくももあらしとそおもふ


<為説是経故 忍此諸難事>
<我不愛身命 但惜無上道>
うきことのしのひかたき越しのひても なをこのみちををしみととめん


<在於閑処 修摂其心>
<安住不動 如須弥山>
さためなきよもなにならすのり越おもふ 心のうちしうこきなければ


<善学菩薩道 不染世間法>
<如蓮華在水 従地而湧出>
いさきよきひとのみちにもいりぬれは むつのちりにもけかれさりけり


<為度衆生故 方便現涅槃 而実不滅度 常住此説法>
<我常住於此 以諸神通力 令顛倒衆生 雖近而不具>
そのかみのこころまとひのなこりにて ちかき越みぬそわれしかりける


<雨天曼荼羅 摩訶曼荼羅 釈梵如恒沙>
<無数仏土来 雨栴檀沈水 繽紛而乱墜>
<如鳥飛空下 供散於諸仏>
いろいろのはなちりくれはくもゐより とひかふとりとみえまかひけん


<世皆不牢固 如水沫泡焔>
<汝等咸応当 疾生厭離心>
かけろふのあるかなきかのよの中に われあるものとたれたのみけん


<又如浄明鏡 悉見諸色像>
<菩薩於浄身 皆見世所有>
くもりなきかかみのうちそはつかしき かかみのかけのくもりなければ


<億々万劫 至不可議>
<時乃得聞 是法花経>
いかにしておほくのこふをつくしけん かつきてたにもあかぬみのりを


<如日月光明 能除諸幽冥>
<斯人行世間 能滅衆生闇>
さやかなる月のひかりのてらさすは くらきみちをやひとりゆかまし


<如是三摩諸菩薩頂而作是言>
いたたきをなてて越しへしのりなれは これよりかみはあらぬなりけり


<若有女人聞是薬王菩薩本事品>
<能受持者尽是女身後不復受>
まれらなるのりをききつるみちしあれは うき越かきりとおもひぬるかな


<及衆難処皆能救済 乃至於王後宮>
<変為女身而説是経>
かくはかりいとふうきみをきみのみそ のりのためにとなりかはりける


<具足神通力 広修知方便 十方諸国土>
<無刹不現身 種種諸悪趣 地獄鬼畜生>
<生老病死苦 以漸悉令滅>
あふ事をいつくにてとかちきるへき うきみのゆかんかた越しらねは


<若童男形若童女形 及至夢中亦>
<復莫脳>
なにといへゆめのなかにもあやまたし のりをたもてる人となりなは


<又如一眼之亀値浮木孔 而我等宿>
<福深厚生値仏法>
ひとめにてたのみかけつるうききには のりはつるへきここちやはする


<宝威徳上王仏国 遥聞此娑婆世界>
<説法華与无量 无辺百千万億 菩提衆共来聴受>
たつねきてのりをききけんそのときに あはていつしかありしわかみそ


<衆罪如霜露 慧日能消除>
<是故応至心 懺悔六情恨>
つくりおけるつみをはいかてつゆしもの あさひにあたることくけしてん


<譬如耕田秋暇為勝此経 如是諸経中勝>
あきのたのかへすかへすもかなしきは かきりのたひのみのりなりける


<願以此功徳 普及於一切>
<我等与衆生 皆共成仏道>
いかにしてしるもしらぬもよのひと越 はちすのうへのともとなしてん





妾久しく念を仏陀にかけ
常に情を法宝に寄するは、菩提のためなり。
釈尊法華一乗を説き、諸如来の善を歌詠す。
ここに歌詠の功高く、仏事となるを知る。
猶梵語は天竺の詞にして、流沙遥かに隔つ。
漢字は震旦の跡にして、風俗各殊なり。
弟子皇朝に誕生し、身を婦女に受けたり。
邯鄲の歩みを兼ねずして、偏に桑梓の情に染む。
この故に、素戔の新たに卅一字を詠ずる歌、学びて其の義を述べ
飢人の始めて卅一字を献る様、習ひて其の詞を以ってす。
四弘の願海より始めて、十大願に至るまで
惣じて五十五首、勒して一巻となし
名づけて発心和歌集といふ。
これ即ち十方浄土の際、遍く往生の心を発して
九品蓮台の上に、終に化生の縁を殖うる所以なり。
何ぞ必ずしも力を傾けて堂塔を営まんや。
教主の懇ろなる誓願の誠は、何ぞ必ずしも剃髪して山林に入り
生を経て讃歎の徳を新たにするのみや。
此の和歌の道を出で、彼の阿字の門に入るを知らず。
ただ願はくはもし見聞する者有らば
生生世世妾と値偶して、多宝如来の願を仰ぎ
定めて誹謗する者有らば、在在所所に妾と結縁して
不軽菩薩の行を同じくし、一心に実の三宝に至り、諸を捨てよ。
嗟乎、秋風樹を吹くの声、これ老を告げ
晩日□山の景、命を偸むにあらずや。
泣きて照鑑を思ふ。
此の時に執りて、時に寛弘九載南呂なり。

(自序)




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